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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)196号 判決 1982年2月09日

東京都荒川区荒川七丁目三五番一〇号

原告

小林徳男

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

石川憲彦

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長

舘石博

右指定代理人

石川善則

中村正俊

鴨下英主

吉岡光憲

加藤広治

知久勝尚

主文

一  被告が原告に対し昭和五〇年三月一二日付けでなした原告の昭和四六年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を二二四万〇五八〇円として計算した額を超える部分は、これを取り消す。

二  被告が原告に対し昭和五〇年三月一二日付けでなした原告の昭和四七年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を三一五万三九二〇円として計算した額を超える部分は、これを取り消す。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五〇年三月一二日付けでなした原告の昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分の各所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地において研磨業を営むいわゆる白色申告者であるが、原告の昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税の課税経緯は、別表一ないし三のとおりである。

2  被告が昭和五〇年三月一二日付けでなした本件各係争年分の各所得税の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)の処分(以下「本件処分」という。)は、違法な税務調査に基づくものであり、推計の必要性及び合理性を欠き、更に原告の所得を過大に認定した違法な処分であるから、原告は、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  税務調査の適法性及び推計の必要性

(一) 国税通則法二四条は税務署長に対して更正の権限を付与し、所得税法二三四条は税務職員に対し調査の必要性がある場合に質問検査権を行使する権限を付与している。原告の本件各係争年分の確定申告書は収入金額、必要経費の各欄が空白であり、所得税法一二〇条及び同法施行規則四七条所定の確定申告書の記載要件である「所得金額の計算の基礎」等の記載がなく、所得金額の計算内容が不明確であり、その計算の基礎に疑いがあり、また、昭和四四年以来調査を行っていなかったことから、被告は、原告の申告所得金額の正否を調査する必要があるものと認め、被告所部係官に税務調査を命じた。

(二) 被告所部係官は、昭和四九年九月一一日原告宅に臨場し、原告の妻に対して身分証明書を提示し、本件各係争年分の所得税調査のために訪問した旨を告げ、事業内容について二、三質問していたところ、原告が玄関先に出て来たので、原告に対し改めて臨場の目的を明らかにし、確定申告書の所得金額の記載内容が不明確なのでその内容を説明していただきたいと述べ協力を求めた。これに対して、原告は、「申告したとおりだよ。あの金額が正しいんだから別に何も言うことはない。」などと語気荒く言い、係官が本件各係争年分の収支計算書及び原始記録の提示を求めたところ、「荒川民主商工会の事務局にある。見たかったら事務局に行ったらいいだろう。」と申し立てるのみで、係官の再三にわたる取寄せの求めに応じようとせず、そのうち「事務局に行って話をして来る。」と言って出て行ってしまった。係官は、原告の帰宅を待っていたが、帰る様子がないので原告宅を辞去した。

被告所部係官は、翌一二日原告宅に電話し、改めて原告に対し帳簿書類を取り寄せて調査に協力するよう要請したところ、原告は、「帳簿はありますよ。だけどどこに不審な点があるのですか。」などと言って係官の求めに明確な態度を示さなかった。更に、係官は、二週間後に再度原告宅に電話し、原告に対し先に約束した次回の調査日が来る一〇月一日であることの確認をしたところ、原告が「民商の事務局で待っている。」と言うので、係官が原告宅で調査したいと述べると、原告は、「家に来ても誰もいないよ。鍵をかけておくからな。」と言って電話を切った。

右状況のため、係官は、同年九月三〇日原告宅に臨場し、翌一日の調査の際には是非とも帳簿書類を提示するよう繰返し説得したが、原告からは何ら確約が得られなかった。

被告所部係官は、同年一〇月一日原告宅に臨場し、原告に対し帳簿書類の提示を求めたが、原告は、「駄目だよ、見たけりゃ民商事務局に行ったらいいだろう。」と言い、調査に協力する様子がなかったので、係官がそれなら反面調査を実施せざるを得ない旨告げると、原告や居合わせた民主商工会事務局員らは、「協力しないというわけではない。納得できる理由がないからだ。」と述べるだけで、帳簿書類を提示する趣旨の発言はしなかった。その後、係官は、原告と約束していた同年一一月二一日原告宅に臨場し、原告に調査の協力を求めたが、間もなく民主商工会事務局員が来て「何を聞いているんだ。答える必要はない。」と言って妨害し、更に原告も「あつちこっち勝手に反面調査をしやがって。」と述べて質問に答えようとせず、係官が重ねて質問しようとすると、係官の制止を無視して勝手に録音を取りはじめ、係官が事務局員に対して立退きを要求してもこれに応じようとしなかった。やむなく係官が売上・仕入金額、使用人の給与、建築価額、経費等について尋ねると、原告は、「そんなことを言う必要はない。」、「答えるわけにはいかい。」と言ってこれを拒否し、係官が改めて調査理由を説明し帳簿書類の提示を求めたのに対し、「全部は見せられない。もう反面調査をしたんだろう。何で本人の承諾もなくするんだ。」、「質問に答える段階ではない。」などと高姿勢な態度で反発した。その後も、係官は、帳簿書類の提示を求め説得を試みたが、原告は、終始これを拒否し調査に全く応じなかった。

なお、本件原処分の異議申立ての審理に際し、担当係官が原告宅に三回臨場し帳簿書類を見せるよう説得したが、原告の協力は得られなかった。

(三) 以上のとおり、原告は、係官の帳簿書類の提示要求に応ぜず、所得金額の計算の基礎についての質問に全く答えようとせず、正当な理由がないのに調査を拒否し、調査の遂行を不可能にしたものであり、被告の調査の過程には何ら違法はない。

そして、被告は、右のとおり原告が調査に協力しなかったため、実額による所得金額を把握することができず、推計によりこれを算出せざるを得なかったものであり、推計の必要性があったことは明らかである。

2  原告の昭和四八年分事業所得金額及びその内訳は、次のとおりである。

<省略>

(二) 総収入金額

右総収入金額は、次表の原告の得意先に対する売上金額の合計額である。

<省略>

(三) 原価及び一般経費

右原価及び一般経費は、前記(二)の総収入金額に別表四に掲げる荒川税務署官内の原告と同規模同程度の同業者の平均経費率二一・六六パーセント(以下「%」と表示する。)を乗じて算出した。同業者の平均経費率を適用して推計したことは、次のとおり合理性がある。

まず、右同業者の抽出に当たっては、次のすべての要件を満たす者を漏れなく選定しており、これらの者は、原告と事業内容が近似し、事業区域を同じくする同規模の納税者である。

<1> 荒川税務署管内の納税者

<2> 昭和四六年分ないし昭和四八年分所得税につき青色申告を提出した者及びそれ以外の者で右各年分について収支計算による実額調査を行ったもの。

<3> 研磨業を営む者(主としてトリポリ、バフを材料として使用しているもの)

<4> 右各年分において、売上金額が原告の総収入金額の二分の一ないし二倍に相当する金額の範囲内にある者

<5> 暦年事業を継続し収支計算が明らかな者(年の中途において転業したもの及び業態が変わったものを除く。)

ところで、一般に、事業を営む納税者が納税申告に係る決算書を作成するに当たり必要経費を計上するについては、税務署から交付された青色申告決算書又は収支明細書の所定の様式に従い、売上原価及びその他の経費について各項目ごとにその費用の額を掲記している。研磨業を営む納税者にあっては、売上原価を構成する仕入金額は主として研磨材料に係る取得費を計上することになるが、右材料は研磨工程において摩耗ないし消耗するので、右取得費を青色申告書等の「仕入金額」欄には掲記せず、一般経費を構成する消耗品費又は雑費として記載したり、一部の材料費は仕入金額としてその余の材料費は消耗品費又は雑費として経理するものもある。このように売上原価を構成する仕入金額の計上額に変動があるところから、同業者の原価率(売上金額に占める売上原価の割合)にはかなりの開差が認められる。また、これを一般経費についてみると、同様の理由で消耗品費又は雑費における計上金額に開差が認められる。これらの開差は、材料費を売上原価を構成する費目(仕入金額)と一般経費を構成する費目(消耗品費又は雑費)のいずれに分類計上するかの選択に帰するものであり、同業者間の経費率の変動を的確に把握するには、売上原価及び一般経費を合算してこれを検討するのが正当である。

そこで、別表四の同業者についてみると、原価率の最大比率一二・五九%(J)を同率の最小比率一・七一%(F)で除して求めた倍率は七・四倍であり、また、一般経費率の最大比率二七・二〇%(D)を同率の最小比率五・一二%(K)で除して求めた倍率は五・三倍で、かなりの差異がみられる。しかし、これを経費率(売上原価及び一般経費の合計額の総収入金額に対する割合)についてみると、最大比率二九・八二%(D)を同率の最小比率一二・二四%(K)で除して求めた倍率は二・四三倍となる。また、売上原価及び一般経費は、通常売上金額と一定の比率による比例関係にある経費であり、一般に所得金額を推計するに当たり右売上原価及び一般経費の合計額による経費率を適用することが認められている。

以上のとおりであり、原告の売上原価及び一般経費の大部分が不明な本件において、右同業者の平均経費率を用いて推計することは極めて合理的である。

なお、被告が同業者の住所、氏名を明らかにしないのは、税務職員には自己が職務上知り得た秘密を漏らしてはならない法律上の義務があるところ、推計の資料とした同業者の青色決算書等と名義人の結びつきは右の秘密に該当するためである。同業者の大部分は青色申告者であって、その秘密が白色申告者の原告の訴訟上の便宜のため犠牲に供されるべき理由はない。原告は、立証の工夫により他に反証を挙げることも可能であり、前記抽出基準によって同業者が原告と近似するか否かを判定することができるのである。

(四) 雇人費

右雇人費は、原告の使用人小林実の給料額であって、同人が東京都足立区長に提出した昭和四九年度都民税・特別区民税申告書に給与所得に係る収入金額として記載したものである。

3  原告の昭和四七年分事業所得金額及びその内訳は、次のとおりである。

(一)(1) 主位的主張

<省略>

(2) 予備的主張

<省略>

(二) 総収入金額(主位的主張)

前記(一)(1)の総収入金額は、昭和四七年分の稔金属工業株式会社(以下「稔金属」という。)及び株式会社小嶋メッキ工業所(以下「小嶋メッキ」という。)に対する売上金額(それぞれ三一六万一四五八円と一七二万六九三八円)の合計額(四八八万八三九六円)を、昭和四八年分の右二社に対する売上金額の同年分の総収入金額に占める割合七三・六〇%で除して求めたものである。

被告は、原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の売上金額のうち、稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額は把握したが、それ以外の売上を確認することができなかった。

ところで、原告の昭和四八年分の売上金額について被告が確認した取引先は前記2(二)のとおり六件であるが、このうち昭和四六年ないし昭和四八年の三年間継続して取引があったのは稔金属及び小嶋メッキである。右二社は、三年間の各月において原告と取引があり、右二社に対する売上金額の合計額は、昭和四八年分が四四一万七八五四円、昭和四七年分が四八八万八三九六円、昭和四六年分が三四五万六六八〇円で、昭和四八年分を一〇〇とすると昭和四七年分が一一一、昭和四六年分が七八となり、その間に著変が認められない。したがって、右二社は、固定継続かつ大口取引のいわゆる継続取引先であり、他は、変動非継続かつ小口取引のいわゆる諸口取引先ということができる。なお、協栄アルマイト工業株式会社(以下「協栄アルマイト」という。)は、一年限りの取引であり、単発的な諸口取引先である。そして、昭和四八年分の総収入金額六〇〇万二五九一円のうち、稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額四四一万七八五四円の占める割合は七三・六〇%、その他の諸口取引先に対する売上金額一五八万四七三七円の占める割合は二六・四〇%となるところ、昭和四六年分及び昭和四七年分においても、右二社に対する売上金額のほかに、総収入金額のうち二六・四〇%を占める諸口売上金額があったと推定される。すなわち、原告のような小規模の研磨業者は、一般に、安定した大口数社だけの取引先を持つか、あるいはそれら数社との取引を基本としながら、受注の閑期を補うものとして数社の単発的な諸口取引先を持つという形態を取っており、後者の場合は一定割合の諸口売上が各年継続するのが通例である。ちなみに、被告が管轄する荒川税務署管内及び隣接の浅草・下谷・向島・足立・西新井・本郷・王子各税務署管内において、昭和四五年分ないし昭和四九年分の所得税調査の対象となった納税者のうち金属研磨業を営む者について、売上先別の売上金額を基に諸口売上構成比率を調査した結果は、別表七のとおりである。同表によると、金属研磨業にあっては、ある年において諸口売上がある場合には、その前後各一、二年においても同程度の諸口売上構成比率に相当する諸口売上があることが認められるのである。

そこで、被告は、昭和四七年分においても、稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額のほかに、総収入金額のうち二六・四〇%を占める諸口売上金額が存するとして、前記推計を行ったものであり、右推計は合理的というべきである。

(三) 総収入金額(予備的主張)

別表七の調査対象者のうち諸口売上のある四名についてみると、各人とも調査した年分ごとの諸口売上構成比率に若干の開差がみられ、その最大のものは荒川-三の四・二四%(昭和四五年分二五・一八%と昭和四六年分二〇・九四%との差)である。そこで、原告について昭和四七年分及び昭和四六年分には、昭和四八年分の諸口売上構成比率二六・四〇%から右開差の最大値四・二四%だけ諸口売上構成比率が低下したものと仮定すると、二二・一六%となる。したがって、仮に、前記(二)の推計に合理性がないとしても、右構成比率二二・一六%を適用して推計することには合理性があるというべきであり、前記計算方法に準じ、稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額の合計を七七・八四%(一〇〇%から二二・一六%を減じたもの。)で除すると、原告の総収入金額は六二八万〇〇五六円となる。

(四) 原価及び一般経費

右原価及び一般経費は、前記(一)(1)及び(2)の各総収入金額六六四万一八四二円(主位的主張)、六二八万〇〇五六円(予備的主張)に別表五の平均経費率二四・二二%を乗じて算出した一六〇万八六五四円(主位的主張)、一五二万一〇二九円(予備的主張)である。しかして、右平均経費率を適用して推計することの合理性については、前記2(三)のとおりである。

(五) 雇人費

右雇人費は、原告の使用人小林実の給料額であって、同人が東京都足立区長に提出した昭和四八年度都民税・特別区民税申告書に給与所得に係る収入金額として記載したものである。

4  原告の昭和四六年分事業所得金額及びその内訳は、次のとおりである。

(一)(1) 主位的主張

<省略>

(2) 予備的主張

<省略>

(二) 総収入金額(主位的主張)

前記(一)(1)の総収入金額は、昭和四六年分の稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額(それぞれ二五六万一七七〇円と八九万四九一〇円)の合計額(三四五万六六八〇円)を、前記比率七三・六〇%で除して求めたものである。

(三) 総収入金額(予備的主張)

仮に、前記(二)の推計に合理性がないとしても、前記3(三)の七七・八四%を適用して推計することには合理性があるから前記計算方法に準じて算出すると、原告の総収入金額は四四四万〇七五〇円となる。

(四) 原価及び一般経費

右原価及び一般経費は、前記(一)(1)及び(2)の各総収入金額四六九万六五七六円(主位的主張)、四四四万〇七五〇円(予備的主張)に別表六の平均経費率二六・六九%を乗じて算出した一二五万三五一六円(主位的主張)、一一八万五二三六円(予備的主張)である。

しかして、右平均経費率を適用して推計することの合理性については、前記2(三)のとおりである。

(五) 雇人費

右雇人費は、原告の使用人小林実の給料額であって、同人が東京都足立区長に提出した昭和四七年度都民税・特別区民税申告書に給与所得に係る収入金額として記載したものである。

5  本件処分の適法性

本件更正による原告の総所得金額は、本件各係争年分を通じ、被告主張に係る事業所得金額の範囲内であるから、本件更正は適法である。また、本件賦課決定は、本件更正による増差税額に対して国税通則法六五条一項等の規定に従ってなされた適法なものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1(一)は争う。

原告は白色申告者であるから、確定申告書には総所得金額及び所得税額を記載すれば足りるのであって、何ら要件を欠くものではなく、実務上もかかる申告が大部分を占めていることは公知の事実である。

被告所部係官は、かねてより民主商工会員に対する税務調査を専門的に担当し、同会の組織破壊を目的として質問調査権の行使に名を藉りた挑発行為、営業妨害あるいは脱会工作を行い、殊更紛糾を招くような言動をなし、取引先に対する反面調査を一方的に実施し、合理性の欠除した推計によっていたずらに更正を濫発するという違法行為を重ねてきたものである。本件の税務調査も、かかる違法な税務調査の一環をなすものである。

同(二)のうち、被告所部係官が税務調査のため原告宅に臨場したことは認め、その余の事実は否認する。

被告所部係官は昭和四九年九月一一日予告なしに突然原告宅に臨場したもので、当日他に予定のあった原告は調査の延期を求めたが、係官があくまでも質問検査を施行する構えを示したため、原告はやむなく民主商工会事務局に連絡して同事務局員を呼び係官と話し合った結果、係官は後日事前連絡のうえ改めて臨場する旨を述べて帰っていった。しかるに、係官が原告に対し約束に反して電話で質問してきたので、原告が調査日を決めるよう求めたところ、係官は、これを無視して原告宅に臨場し、「帳簿を見せろ。」と挑発的態度で関係帳簿の提示を求めた。しかも、その際既に原告の銀行、取引先に対する反面調査を一方的に強行し、原告の信用を失墜させるような挙に出ていたことが判明したので、原告が反面調査の必要性について尋ねたところ、係官は「私には権限があり思うように調査できることになっている。調査に協力してくれなければ推計で更正するから、審判所でも裁判所でも争ってくれ。」と暴言を吐いた。このように、係官は、いたずらに事態を紛糾させ原告の感情を刺激するような冷笑的、威圧的態度に終始し、原告が調査の理由を質したのに明らかにせず、積極的に調査に協力しようとしてもこれを拒否したものであり、本件調査は推計の口実を作出することにあるものといわざるを得ない程常軌を逸し社会的相当性を欠くものであった。

同(三)は争う。

右のような違法な税務調査に基づいてなされた本件処分は違法であり、取り消されるべきである。

また、原告は、所得額計算の基礎となるべき帳簿書類及び資料を所持しており、終始調査に協力する態度を示していたにもかかわらず、被告がこれを拒否し、前記のとおり違法な税務調査を実施したものであって、原告の協力がなかったことを理由に推計課税をすることは許されないところであるから、本件においては推計の必要性を欠くものといわなければならない。

2  同2(一)のうち、総収入金額、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

雇人費は二六四万〇一〇〇円であり、内訳は使用人小林実に対する給料一一五万三五〇〇円、退職金一四八万六六〇〇円である。小林実は昭和四八年一二月中に退職したので、原告は同人に対し同月右退職金を支払ったものである。

同(二)の事実は認める。

同(三)は争う。

被告は同業者の平均経費率を適用して推計を行っているが、同業者の抽出方法が極めて恣意的である。また、研磨業者といっても、扱う金属の種類は多種多様で、研磨方法、使用材料、機械設備、取扱数量、従業員数とその習熟度等が異なる。主としてトリポリ、バフを材料として使用している者と限定してみても、どの程度の割合で使用するのかが明確でないうえトリポリ、バフも多種多様で、その価格、摩耗の程度は著しく異なるのであって、事業現場を見分しその実態を正確に把握したうえで類似性を多角的見地から検討するのでなければ、到底比較可能な同業者を抽出することはできない。被告は、かかる検討作業を行っていないのみならず、同業者の住所、氏名等すら明らかにしていないため、原告としては比較可能な業態のものか否かの判断ができないうえ、仮に、被告主張の数値を前提としても、同業者間の開差が極めて大きいのであっていずれにしても被告の推計には合理性がないものというべきである。

同(四)の地方税申告は不知。

3  同3(一)(1)及び(2)のうち、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

総収入金額は五〇二万五一六五円、雇人費は一〇一万円である。

同(二)のうち、原告と稔金属及び小嶋メッキとは昭和四六年ないし昭和四八年の三年間継続して取引があったこと、小嶋メッキに対する昭和四六年分の売上金額が八九万四九一〇円であることは認めるが、その余は争う。

稔金属に対する売上金額は昭和四七年分が三一六万一四五九円、昭和四六年分が二五六万一七七三円であり、小嶋メッキキに対する昭和四七年分の売上金額は、一七五万五五一六円である。

原告の取引先をさしたる基準もなく大口二社とそれ以外の諸口に区分し、その構成比率によって所得推計することには全く合理性がない。そもそも、諸口売上は、偶発的な要因によって支配され、変動が激しく、毎年一定の比率を保つものではないから、諸口売上構成比率を適用することは合理的とはいえない。また、原告は、昭和四八年の途中から協栄アルマイトと新規に取引を開始したが、同社は、それまで原告の継続取引先であった稔金属が工場の地方移転に伴い原告と取引を継続することが不可能になったため、それに代る新規取引先として紹介された同系列の会社であって、同年分の売上金額も一〇〇万円を超える大口の取引先であり、しかも昭和四九年にも原告との取引が継続しており、いわゆる単発的な諸口取引先には該当しない。稔金属に対する原告の売上金額は、昭和四六年分が二五六万一七七三円、昭和四七年分が三一六万一四五九円であるのに対し、昭和四八年分が一九九万二六七八円と減少しており、右減少分を補うのが協栄アルマイトに対する売上であって、このことからも同社が稔金属に代わる継続取引先であることが明らかである。したがって、協栄アルマイトを諸口取引先とする推計は誤りである。

同(三)は争う。

被告は、別表七の調査対象者のうち諸口売上のある四名によって諸口売上構成比率の修正を試みているが、別表七の内容は、比較対象年度がわずか二年ないし三年のもので、対象者及び年度の抽出にも一定性がなく恣意的である。また、原告と同じ荒川区内の対象者は三名にすぎず、前記平均経費率算出に際して用いた同業者との関連性も明らかでなく、これによって推計の合理性を補強することはできない。

同(四)は争う。

同(五)の地方税申告は不知。

4  同4(一)(1)及び(2)のうち、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。総収入金額は三五七万六七三四円、雇人費は七五万七〇〇〇円である。

同(二)ないし(四)は争う。

同(五)の地方税申告は不知。

5  同5は争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証の一ないし三、第二、第三号証の各一ないし一二、第四、第五号証の各一ないし一三、第六号証の一ないし七第七号証の一ないし二三、第八号証の一ないし四五、第九号証の一ないし五三、第一〇号証の一ないし五一、第一一号証の一ないし五二、第一二号証の一ないし二九、第一三号証の一ないし五三、第一四号証の一ないし五、第一五号証の一ないし三、第一六ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし一四、第二一号証の一ないし一五、第二二号証の一ないし一三、第二三号証の一ないし一五、第二四号証の一ないし一六、第二五号証の一ないし一二、第二六号証、第二七号証の一ないし五(昭和五五年一〇月七日原告の作業所を撮影した写真である。)、第二八号証の一ないし一〇、第二九号証の一ないし二二第三〇号証の一ないし二五、第三一号証の一ないし二八、第三二ないし第三八号証

2  証人小林シズ子(第一、二回)、同椎橋延好及び同小林実の各証言並びに原告本人尋問の結果

3  乙第一号証、第五ないし第一二号証の各一、第一四号証の二、三、第一五号証の一ないし三、第一六、第一七号証の成立は認めるが、その余の乙各号証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一号証、第二、第三号証の各一ないし三、第四、第五号証の各一ないし四、第六号証の一、二、第七号証の一ないし三、第八ないし第一二号証の各一、二、第一三号証、第一四、第一五号証の各一ないし三、第一六ないし第一九号証

2  証人萩元久志、同村松以都男、同大島次夫、同池田亘及び同戸山清の各証言

3  甲第一五号証の二、三、第一六、第一八、第二六号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  本件課税の経緯

原告が肩書地において研磨業を営むいわゆる白色申告者であり、その昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分の各所得税の課税経緯が別表一ないし三のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  税務調査の経緯

原告は、本件処分は違法な税務調査に基づいてなされたものであり、また、本件更正は被告の推計によるものであるところ推計の必要性は存在しない旨主張するので判断する。

1  証人萩元久志の証言によると、被告は、原告の本件各係争年分の確定申告書には収入金額、必要経費の各欄に記載がなく、所得金額の計算内容が不明確で、その計算の基礎に疑いがあり、また、昭和四四年以来調査を行っていなかったことから、原告の申告所得金額の正否を調査する必要があるものと認め、被告所部係官に税務調査を命じたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告所部係官が税務調査のため原告宅に臨場したことは当事者間に争いがなく、右事実に証人萩元久志、同椎橋延好(ただし、後記認定に反する部分を除く。)の各証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。)によると、次の事実が認められる。

被告所部係官は、昭和四九年九月一一日税務調査のため原告宅に臨場し、原告に対して身分証明書を提示し、原告の本件各係争年分の確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がないので帳簿書類等について調査する必要がある旨を説明して調査の協力を求めたところ、原告は、「申告額に間違いない。何も言うことはない。」と述べて協力を断り、更に本件各係争年分の収支計算書等は作成しており、これに基づいて確定申告したが、申告手続及び帳簿書類の保管は荒川民主商工会に依頼しているので、必要なら同会事務局で調査するよう要求し、係官が右帳簿書類の取寄せを求めてもこれに応じなかった。同係官は、同年九月二七日ころ原告宅に電話し、原告に対して先に約束ずみの来る一〇月一日の調査日について都合を確認したところ、原告は、「民商の事務局で待っている。自宅に来ても鍵を締めており誰もいない。」と言って一方的に電話を切ってしまった。右状況のため次回調査に不安があったので、同係官は、同年九月三〇日原告宅を訪れ、翌日原告宅へ調査に来る旨を告げ調査の準備を依頼した。同係官は、同年一〇月一日原告宅に臨場し、原告に改めて調査の協力を求めたが居合わせていた民主商工会の事務局員らが「納得できる具体的な調査理由がないから調査には応じられない。」と繰返し発言し、原告も調査には全く応じなかった。このため、被告は、間もなく原告の取引先、銀行等に対する反面調査を開始した。

更に、同係官は、あらかじめ調査日について合意していた同年一一月二一日原告宅に臨場し、原告に対して経費、使用人の給料額等について質問しようとしていたところ、居合わせた民主商工会の事務局員らが「何を聞いているんだ。そんなことは答える必要はない。」と言って原告の答弁をさえぎり、原告も被告の反面調査に対する不満を述べて質問に答えず、係官が重ねて質問しようとすると、原告は「おれは頭が悪いから録音テープを取らしてもらうよ。」と言って録音機を持ち出し、事務局員らも「どんなでたらめを言うか証拠に取らしてもらう。」とこれに賛同し、同係官がはっきりと録音機の使用を断ったのにこれを無視して録音を続け、同係官が事務局員らに対し立退きを要求したにもかかわらず、これを聞き入れようとしなかった。このため、同係官は、やむを得ず質問に移ることにし、原告に対して帳簿書類があるのならそれを提示するよう求め、売上・仕入金額、使用人の有無及び給料額、水道光熱費・修繕費等必要経費の数額、建物の取得価額及び経過年数等、所得の実額把握のために不可欠な項目について質問する一方、本件各係争年全体について帳簿書類を調査する必要があることの理由を繰返し説明し約一時間にわたって説得した。しかし、原告らは、「納得できる調査理由の説明がない。」、「未だ言う段階ではない。」などと言って一切答えず、帳簿書類の提示についても、まず係官が手持ちの反面調査資料を原告に開示するなら提示に応じてもよいと主張して譲らず、結局最後まで提示しなかった。

本件処分に対する異議申立ての審理に際し、被告所部係官は原告宅に前後三回臨場し、原告に対して帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに応じなかった。

以上の事実が認められ、証人椎橋延好の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕証拠に照らしてたやすく採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

3  ところで、原告は、被告の調査はかねてより民主商工会の組織破壊を目的として行われている違法な税務調査の一環をなすものである旨主張するが、本件の調査が原告主張のような意図、目的の下に行われたことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告所部係官が調査日時について事前の連絡なしに原告宅に臨場し、原告の承諾及び調査の必要性がないのに反面調査を実施し、調査の具体的理由を開示しなかった旨主張するが、調査日時の事前通知、反面調査の承諾及び調査の理由、必要性の個別的、具体的な開示は質問検査権を行使する上の法律上の要件とされているものではないし、また、本件において反面調査の必要性があったことは前記認定の経緯から明らかであるといわなければならない。

更に、原告は、被告所部係官は、調査に際して事態を紛糾させ、冷笑的、威圧的態度に終始した旨主張し、証人椎橋延好の証言中には一部右主張に副う部分があるが、証人萩元久志の証言に照らしてたやすく採用できない。その他全証拠を精査しても、本件の調査が社会通念上相当な限度を逸脱した違法なものであったことをうかがわせるに足りる証拠はない。

4  以上認定説示したところによれば、被告の税務調査は質問検査権の行使として適法であって、その過程には何ら違法はないというべきである。しかして、被告は、原告が帳簿書類の提示を拒否し、かつ、所得金額の実額計算の基礎となるべき事項について質問に全く応答しなかったことから、実額による所得金額を算出することができず、推計により算出せざるを得なかったものであり、推計の必要性があったことは明らかである。したがって、原告のこの点に関する主張は採用することができない。

三  原告の昭和四八年分事業所得金額

1  被告の主張2(一)のうち、総収入金額、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであること及び同(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2  原価及び一般経費

被告は、原価及び一般経費について、原告の総収入金額六〇〇万二五九一円に別表四の同業者の平均経費率二一・六六%を乗じて得た一三〇万〇一六一円と推計しているので、右推計に合理性があるか否かについて判断する。

(一)  成立に争いのない乙第一号証、証人村松以都男の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし三及び証人村松以都男の証言によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

東京国税局長は、被告に対し、<1>被告管内で原告と同様主にトリポリ、バフを材料として研磨業を営んでいる個人事業者、<2>昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税につき青色申告書を提出した者及びそれ以外の者で当該年分について収支計算による実額調査を行ったもの、<3>売上金額が昭和四六年分については二三四万八二八八円以上九三九万三一五二円以下、昭和四七年分については三三二万〇九二一円以上一三二八万三六八四円以下、昭和四八年分については三〇〇万一二九五円以上一二〇〇万五一八二円以下の者、<4>暦年事業を継続し収支計算が明らかな者(ただし、年の中途で転業しあるいは業態が変ったものを除く。)、という要件にすべて該当する者全員(ただし、不服申立て又は出訴期間経過前のもの及び不服申立て、訴訟提起により審理中のものを除く。)について、売上金額、売上原価、一般経費、経費率等を報告するよう通達した。そこで、被告は、右通達に従い昭和四六年分六名、昭和四七年分五名、昭和四八年分一一名の同業者を抽出し、その青色申告決算書又は所得調査書に基づき売上金額等を調査のうえ、別表四ないし六のとおり報告した。

(二)  以上によって明らかなとおり、抽出の対象とされた同業者は、原告と同様被告管内において主にトリポリ、バフを材料として使用し研磨業を営んでいる個人事業者であって、しかもその所得金額の正確性を担保し得る青色申告者ないし収支計算による実額調査を行った者に限られている。また原告の総収入(売上)金額は昭和四八年分が前記のとおり六〇〇万二五九一円、昭和四七年分が後記のとおり五三五万一二八一円、昭和四六年分が後記のとおり三七八万三九九五円であるところ、抽出された同業者の売上金額はいずれも原告の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍に相当し、この点においても原告と右同業者間に類似性が認められる。更に、被告は、抽出基準に該当する者全員を抽出したのであって、そこに恣意の介在する余地はない。したがって、このようにして抽出された同業者の平均経費率には一応の正確性と普遍性とが担保されており、これによる原価及び一般経費の推計は合理性を有するものということができる。

(三)  ところで、原告は、一口に研磨業といっても、扱う金属の種類、研磨方法、機械設備、事業規模等に差異があり、同業者の抽出に当たっては多角的見地から類似性を検討することが不可欠であるのに、被告はこの検討作業を十分行っていないのみならず、同業者の住所、氏名等を明らかにしていないため、原告と同業者との業態の類似性の判断ができないうえ、被告主張の数値自体を前提としても極めて大きな開差があるから、推計には合理性がない旨主張する。

確かに、原告主張の細部の点について原告と同業者との個別的具体的な類似性が明確になっているものとはいえない。しかしながら、原告主張のような細部の点に至るまで類似性を要求することは困難を強いるものであり、また、抽出基準を厳格にするとそれに伴って抽出数が限定されることになり、かえって客観性、普遍性を欠く結果になるものと考えられる。本件で推計の基礎とされる同業者は、昭和四六年分六名、昭和四七年分五名、昭和四八年分一一名であり、その平均値は、個々の業者の個別的具体的事情を捨象して客観性、普遍性を示すものといえるので、原告と右同業者との間の個別的具体的事情のすべてにつき類似性が明らかになっていなくても、経費率につき右同業者の平均値を採用することは許されると解すべきである。また、右各同業者の経費率は平均値の上下一〇%以内の範囲に収まっており、右経費率にはさほどの較差が認められず、多少の較差があるにしても、それは平均値に包摂されるものである。したがって、原告の右主張は採用できない。

(四)  なお、原告は、売上原価の実額を証する書証として甲第二三号証の一ないし一五、甲第二四号証の一ないし一六及び甲第二五号証の一ないし一二を提出するところ、これらの甲号証の数額を合計すると、昭和四六年分が三一万七四三一円、昭和四七年分が三〇万六八〇二円、昭和四八年分が四二万〇六六五円となる。しかし、右甲号証の証明力はともかくとして、原告は一般経費の実額を証すべき証拠を提出していない。そして、弁論の全趣旨によれば、別表四ないし六掲記の各同業者間には、研磨材料費等の経費を売上原価に計上するか一般経費に計上するかについて取扱いに相違の存することが認められるから、別表四ないし六掲記の一般経費率を採用して一般経費のみを独立に推計することは相当でない。したがって、右甲号証の数額の適否にかかわらず、売上原価及び一般経費の合計を推計によって求める必要があるものというべきである。

(五)  よって、原価及び一般経費については、別表四ないし六掲記の同業者の平均経費率(昭和四六年分二六・六九%、昭和四七年分二四・二二%、昭和四八年分二一・六六%)を総収入金額に乗じて推計するのが相当であり、その額は昭和四八年分は一三〇万〇一六一円となる。

3  雇人費

(一)  成立に争いのない乙第一四号証の三、証人小林実の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一によると、原告の従業員小林実の昭和四八年分の給料額は九三万円であることが認められる。

(二)  原告は、小林実の昭和四八年分の給料額は一一五万三五〇〇円であり、また、同人は同年一二月中に退職したので、同月退職金一四八万六六〇〇円を支払った旨主張する。原告が右給料に係る出金伝票として提出する甲第二二号証の一ないし一三の数額を総計すると一一五万三五〇〇円となるが、毎月の給料額算定の基礎となるべき勤務内容が不明であるうえ、税務調査の際には右出金伝票の存在すら明らかにされていなかったものであり、給料支払の都度作成された出金伝票であるとの保証はなく、その記載をもつて正当な給料額と認めることは困難であるといわざるを得ない。一方小林実が東京都足立区長に提出した昭和四九年度都民税・特別区民税申告書(乙第一四号証の三)には給与所得として九三万円と記載されており、証人小林実の証言によると、右は同人が受領した毎月の給料額を総計して記載したものであることが認められるから、これをもって正当と認めるのが相当である。また、証人小林シズ子(第一回)、同小林実及び原告本人の各供述には、小林実の退職の時期及び退職金の支払に関し原告主張に副う部分があり、甲第一五号証の一には、小林実が原告から昭和四八年一二月二八日退職金一二五万円を受領した旨記載されている。しかし、前顕乙第一四号証の一、成立に争いのない乙第一五号証の三、証人小林実及び同萩元久志の各証言によると、原告の従業員として働いていた弟の小林実は、昭和四九年一月初旬痔の手術のため入院し同月二〇日ころ退院し、同年二月八日三井銀行町屋支店に一〇〇万円の定期預金を行い、同月一八日他社に就職していること、小林実は、昭和五五年五月六日東京国税局の係官に対し、原告方を退職したのは退院後の昭和四九年一月であり、その際現金八、九〇万円と貨物自動車をもらい、現金はもらってすぐ三井銀行町屋支店に定期預金したと述べたこと、原告の妻シズ子は、被告所部係官の税務調査の際、小林実は同年二月ころまで原告方で働いていたと述べたことが認められ、これらの事実からすれば、小林実が原告方を退職し、退職金を受領したのは同年一月又は二月のことと認められる。したがって、右の点に関する原告の主張及びこれに副う前記証拠は採用できない。

4  事業所得金額

以上のとおりであり、原告の昭和四八年分の事業所得金額は、総収入金額六〇〇万二五九一円から原価及び一般経費一三〇万〇一六一円、雇人費九三万円、建物減価償却費五万六四四一円、地代四万六〇八〇円を控除した三六六万九九〇九円となる。そして、本件更正による同年分の総所得金額は三二六万三四七九円で右金額の範囲内にあるから、本件更正は適法であり、したがって、本件賦課決定も適法というべきである。

四  原告の昭和四七年分事業所得金額

1  被告の主張3(一)のうち、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  総収入金額

被告は、総収入金額について昭和四七年分の稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額を、昭和四八年分の右二社に対する売上金額の同年分の総収入金額に占める売上比率で除して算出しているので、右売上比率の適用による推計に合理性があるか否かについて判断する。

(一)  原告の昭和四八年分の取引先六件に対する売上金額の合計額が六〇〇万二五九一円であること、このうち稔金属分が一九九万二六七八円で小嶋メッキ分が二四二万五一七六円であること、右六件の取引先のうち昭和四六年ないし昭和四八年の三年間継続して取引があったのは右二社のみであることは当事者間に争いがなく、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし四によると、稔金属に対する売上金は昭和四七年分が三一六万一四五八円、昭和四六年分が二五六万一七七〇円であり、小嶋メッキに対する売上金額は昭和四七年分が一七二万六九三八円、昭和四六年分が八九万四九一〇円(この金額は当事者間に争いがない。)であることが認められる。

被告は、昭和四八年分の売上金額の合計を右二社に対する売上(七三・六〇%)とその他の諸口売上(二六・四〇%)に区分し、昭和四六年分及び昭和四七年分においても同程度の諸口売上があったものとして、総収入金額の推計を行っているが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三八号証、証人小林シズ子(第一回)の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四六年、昭和四七年を含め、従前から稔金属と小嶋メッキを大口の継続取引先として、右二社の注文を中心に営業し、その傍ら右二社の注文に支障を来さない程度に単発的な小口の注文を受け取っていたこと、ところが、昭和四八年に入って稔金属からの注文が途切れてきたため、原告はその穴埋めのために協栄アルマイトから大口の注文を受けるようになり、同年中同社に対し一〇六万五四四九円(この金額は当事者間に争いがない。)の売上を得、翌昭和四九年にも取引を継続して約一二七万円の売上を得たことが認められる。一方、稔金属と小嶋メッキに対する売上金額をみると、前記のとおり小嶋メッキに対する売上金額は毎年約七〇万円ないし八〇万円増加しているのに対し、稔金属に対するそれは昭和四七年分が昭和四六年分より約六〇万円増加しているのに、昭和四八年分は昭和四七年分よりも約一一六万円減少しているのである。これらの事実からすれば、協栄アルマイトは稔金属に代わるべき継続かつ大口の取引先として昭和四八年から取引が始まったものであることが明らかであり、これを諸口取引先に区分し、昭和四七年分及び昭和四六年分にもこれに匹敵するような諸口売上があったとするのは相当でなく、同社は継続取引先に区分すべきものというべきである。そして、昭和四八年分の稔金属と協栄アルマイトの売上金額を合算すると三〇五万八一二七円となり、これに小嶋メッキの売上金額を加算すると五四八万三三〇三円となるので、本件各係争年分を通じた継続取引先に対する売上金額の推移に不自然さがなくなるのである。したがって、昭和四八年分の総収入金額は、継続取引先である稔金属、小嶋メッキ及び協栄アルマイトに対する売上金額(九一・三五%)とその他の諸口取引先に対する売上金額(八・六五%)に区分するのが相当である。

そうすると、大口の継続取引先である稔金属、小嶋メッキ及び協栄アルマイトに対する売上金額は、昭和四六年分が三四五万六六八〇円、昭和四七年分が四八八万八三九六円、昭和四八年分が五四八万三三〇三円となるところ、前記のとおり、原告は昭和四六年及び昭和四七年にも右の継続取引先に対する売上のほかに諸口取引先に対する売上を有していたものであり、昭和四六年分及び昭和四七年分の各諸口売上金額が昭和四八年分の諸口売上金額に比し少なかったことをうかがわせる資料は存しない。そして、原告は継続取引に支障を来さない程度に諸口取引を行っていたものであるから、継続取引先に対する売上金額が低ければ諸口売上金額はむしろ高くなるのが通常の姿と考えられるところ、昭和四六年、昭和四七年及び昭和四八年の中で継続取引先に対する売上金額が最も多い昭和四八年においてさえ総売上金額の八・六五%を占める諸口売上金額があったのであるから、昭和四六年及び昭和四七年においても総売上金額の八・六五%の諸口売上金額があったと推計するのが相当である。

(二)  ところで、成立に争いのない乙第五ないし第七号証の各一、証人村松以都男の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証の二ないし四、証人大島次夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の二、証人戸山清の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証の二、三、証人村松以都男、同大島次夫、同戸山清の各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

東京国税局長は、被告及び足立・向島・浅草・下谷・西新井・本郷・王子各税務署長に対し、<1>各管内で金属研磨業を営んでいる個人事業者、<2>昭和四五年分から昭和四九年分までにおいて二年分以上につき所得税調査を行った者、<3>各年分につき売上先別の売上金額が判明している者、という要件にすべて該当する者(ただし、不服申立て又は出訴期間経過前のもの及び不服申立て、訴訟提起により審理中のものを除く。)について、売上金額、売上先別の売上金額、継続取引先に対する売上、諸口売上、諸口売上構成比率等を報告するよう通達した。そこで、各税務署長が右通達に基づいて各管内ごとに調査した結果、右基準に該当する同業者が別表七に掲記するとおり被告管内に三名、足立税務署管内に一名、向島税務署管内に二名存在し、当該税務署長は別表七のとおり報告した。

右調査結果によれば、諸口売上がある事業者については、毎年継続してほぼ同程度の諸口売上が存するが、各年分ごとの諸口売上構成比率には若干の開差の存することが認められる。

そこで、原告の場合の諸口売上構成比率八・六五%に修正を加える必要があるか否かを検討するに、別表七の六例中に諸口売上がないものが二例含まれていることからもわかるように、諸口売上構成比率について同業者間に類似性を見出すことは本来できないことである。六例中諸口売上の存する四例を取り出しても、その諸口売上構成比率は一九・六四%ないし三一・〇二%といずれも原告のそれを大幅に上回っており、両者の間に類似性を見出すことは困難である。したがって、諸口売上構成比率については本人比率を用いるほかなく、これを同業者の比率で修正するのは相当でない。本人比率については、数年分を平均するのが望ましいことであろうが、本件のように売上金額の全容が一年分しか判明しない場合には、その諸口売上構成比率を使用するもやむを得ないものというべきである。そして、前記のような原告の受注形態、本件各係争年分の継続取引先に対する売上金額の推移に照らせば、右売上金額が他の二年分のそれをかなり上回る昭和四八年分の諸口売上構成比率八・六五%を用いて推計を行うことには合理性が存するものというべきである。

(三)  そうだとすれば、昭和四七年分及び昭和四六年分の原告の総収入金額を推計するに当っては、継続取引先に対する売上金額を九一・三五%、諸口売上先に対する売上金額を八・六五%とするのが相当というべく、昭和四七年分の継続取引先である稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額は合計四八八万八三九六円であるから、結局、昭和四七年分の総収入金額は、これを九一・三五%で除した五三五万一二八一円となる。

(四)  原告は、昭和四七年分総収入金額は五〇二万五一六五円である旨主張し、これを証するものとして領収証控、請求書控、売上帳を甲号証として提出し、証人小林シズ子の証言(第一、二回)中には、これらの帳簿書類は原告の経理事務を担当していた同女がその都度発行した控あるいは記録した帳簿である旨の部分がある。

しかしながら、これらの帳簿書類は、原告が本訴においてはじめて提出するに至ったものでありしかも、取引先別及び年度別にそれぞれ区分して記載されたものであって、全取引先を通じて日付順に連続記載されたものではないため、一部分のみに限って提出される余地のあるものであることを否定できず、最も重要な点である他に取引先がないことを積極的に証明するに足りる資料とはなし得ない。現に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一八、第一九号証によると、原告は植竹庸治に対し昭和四七年一二月に一万二四〇〇円、岸富久に対し昭和四六年一月及び五月にそれぞれ七万四八一〇円と二万円の各売上金額を有していたことが認められるにもかかわらず、原告提出の甲号証には右取引が記載されていない。したがって、原告の提出に係る甲号各証に基づいて直ちに原告の売上金額の実額を認定することは困難であり、他に原告の主張を肯認し得る証拠はない。

3  原価及び一般経費

原価及び一般経費は、前記三2で説示したとおり、原告の右総収入金額五三五万一二八一円に別表五の平均経費率二四・二二%を乗じて得た一二九万六〇八〇円と推計するのが相当である。

4  雇人費

(一)  前顕乙第一四号証の一、成立に争いのない乙第一四号証の二によると、原告の従業員小林実に対する昭和四七年分の給料額は八二万九〇〇〇円であることが認められる。

(二)  原告は、小林実の昭和四七年分の給料額は一〇一万円である旨主張し、原告が右給料に係る出金伝票として提出する甲第二一号証の一ないし一五の数額を総計すると一〇一万円となるが、右金額をもって直ちに正当な給料額と認めることは困難であり、小林実の昭和四八年度都民税・特別区民税申告額(乙第一四号証の二)に給与所得として記載された八二万九〇〇〇円をもって正当とすべきことは、前記三3(二)において説示したとおりである。

5  事業所得金額

以上のとおりであり、原告の昭和四七年分の事業所得金額は、総収入金額五三五万一二八一円から原価及び一般経費一二九万六〇八〇円、雇人費八二万九〇〇〇円、建物減価償却費五万六四四一円、地代一万五八四〇円を控除した三一五万三九二〇円となる。したがって、本件更正及び本件賦課決定のうち総所得金額を三一五万三九二〇円として計算した額を超える部分は違法であるから、いずれも取消しを免れない。

五  原告の昭和四六年分事業所得金額

1  被告の主張4(一)のうち、建物減価償却費及び地代が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  総収入金額

(一)  原告の昭和四六年分継続取引先である稔金属及び小嶋メッキに対する売上金額は前記四2(一)のとおり二五六万一七七〇円と八九万四九一〇円の合計三四五万六六八〇円であるから、原告の昭和四六年分の総収入金額は前記四2で説示のとおり右金額を九一・三五%で除した三七八万三九九五円と推計するのが相当である。

(二)  原告は、昭和四六年分総収入金額は三五七万六七三四円である旨主張し、これを証するものとして領収証控、請求書控、売上帳を甲号証として提出するが、原告の提出に係る甲号各証に基づいて原告の売上金額の実額を認定することが困難であることは、前記四2(四)において説示したとおりであり、他に原告の主張を肯認し得る証拠はない。

3  原価及び一般経費

原価及び一般経費は、前記三2で説示のとおり、右総収入金額三七八万三九九五円に別表六の平均経費率二六・六九%を乗じて得た一〇〇万九九四八円と推計するのが相当である。

4  雇人費

(一)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一三号証によると、原告の従業員小林実に対する昭和四六年の給料額は四八万円であることが認められる。

(二)  原告は、小林実の昭和四六年分の給料額は七五万七〇〇〇円である旨主張し、原告が右給料に係る出金伝票として提出する甲第二〇号証の一ないし一四の数額を総計すると七五万七〇〇〇円となるが、右金額をもって直ちに正当な給料額と認めることは困難であり小林実の昭和四七年度都民税特別区民税申告書(乙第一三号証)に給与所得として記載された四八万円をもって正当とすべきことは、前記三3(二)において説示したとおりである。

5  事業所得金額

以上のとおりであり、原告の昭和四六年分の事業所得金額は、総収入金額三七八万三九九五円から原価及び一般経費一〇〇万九九四八円、雇人費四八万円、建物減価償却費三万七六二七円、地代一万五八四〇円を控除した二二四万〇五八〇円となる。したがって、本件更正及び本件賦課決定のうち総所得金額を二二四万〇五八〇円として計算した額を超える部分は違法であるから、いずれも取消しを免れない。

六  結び

以上の次第であり、原告の本訴請求は、昭和四六年分及び昭和四七年分の本件更正及び本件賦課決定のうち、総所得金額を前記認定額として計算した額を超える部分の取消しを求める限度において理由があるからいずれもこれを認容すべきであるが、その余は失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 大藤敏 裁判官 岡光民雄)

別表一、昭和四六年分課税経緯

<省略>

別表二、昭和四七年分課税経緯

<省略>

別表三、昭和四八年分課税経緯

<省略>

別表四、昭和四八年分 同業者比率表

<省略>

別表五、昭和四七年分 同業者比率表

<省略>

別表六、昭和四六年分 同業者比率表

<省略>

別表七、

<省略>

(注) 「調査対象者」欄の荒川、足立、向島は、調査対象者の納税地の管轄税務署を示す。

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